大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和39年(ワ)898号 判決 1972年9月21日

原告 ケイ・シェリー

右訴訟代理人弁護士 馬場東作

同 福井忠孝

右福井忠孝訴訟復代理人弁護士 森田武男

被告 原口歌

右訴訟代理人弁護士 岸永博

同 原秀男

同 青柳洋

右原秀男訴訟復代理人弁護士 今村実

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

(原告)

被告は原告に対し金四三二万五〇〇〇円およびうち金一九二万五〇〇〇円に対する昭和三九年三月一日から、うち金二四〇万円に対する昭和四七年二月一日から、それぞれ完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

(被告)

主文第一、二項同旨の判決を求める。

第二主張

(原告)

一  原告と原被告の母である原口志げをとは、昭和二三年一月頃別紙目録記載の土地(以下本件土地という。)を含む土地一六八・四四坪(以下本件土地等という。)を玉窓寺から代金一〇万円で買受け、原告において三万円、志げをにおいて七万円を支払ったが、その際、右買受土地の登記名義は被告名義として所有権移転登記を行った。その後、本件土地以外の土地は転売したが、本件土地上には、原告が木造瓦葺平家建居宅一棟建坪一一・五坪(以下本件建物という。)を建築所有するに至った。

二  ところが、被告は、その後本件土地が被告の所有であると主張して、原告に対し本件建物の収去および本件土地の明渡請求訴訟(当庁昭和三二年(ワ)第七七二九号)を提起し、右訴訟提起に先立ち、原告に対し本件建物の占有移転禁止の仮処分命令(当庁昭和三二年(ヨ)第五五〇八号)を得て、昭和三二年九月一一日これを執行した。

三  被告の提起した右訴訟は、第一審判決では被告の勝訴となったが、控訴審(東京高等裁判所昭和三三年(ネ)第二七四九号)は、昭和三七年一二月一三日原告の控訴を容れ、被告の請求を棄却し、原告の提起した共有持分権確認の反訴請求を本件土地等の代金は原告および志げをが第一項記載のとおり支払って買受けたものと認めて認容し、原告が本件土地につき一〇分の三の持分権を有することを確認する旨の判決をした。被告は、右判決に対し上告(昭和三八年(オ)第三三八号)したが、昭和四〇年二月一一日上告棄却の判決がなされた。

四  よって、本件仮処分は違法不当なものというべきところ、原告はこれにより次のとおりの損害を蒙った。すなわち、原告は、本件建物を外国人の生活に適するように設計建築し、本件仮処分の執行を受ける直前まで米国人に賃料月額三万五〇〇〇円で賃貸していたものであり、右執行を受けた時も米国人クロード・L・マーチンに賃料月額二万五〇〇〇円で賃貸する約束が成立していたものである。しかるに、本件仮処分の執行により右賃貸が不能となり、昭和三二年九月から昭和四七年一月まで一ヶ月二万五〇〇〇円の割合による賃料合計四三二万五〇〇〇円を受領できず、右同額の損害を蒙った。

五  よって、原告は被告に対し、金四三二万五〇〇〇円およびうち金一九二万五〇〇〇円(昭和三二年九月から昭和三九年一月までの賃料相当損害金)に対する本件訴状送達の後である昭和三九年三月一日から、うち金二四〇万円(昭和三九年二月から昭和四七年一月までの賃料相当損害金)に対する昭和四七年二月一日から、それぞれ完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告の答弁)

一  第一項の事実については、本件土地等を原告および志げをが買受けたとの点は否認し、その余の事実は認める。真実は、右土地は被告が代金一〇万円を支払って買受けたものである。

二  第二項および第三項の事実は認める。

三  第四項の損害発生の事実は争う。原告は、本件仮処分当時、本件建物に原被告の実母を居住させていたもので、仮に本件仮処分がなされなくとも、右実母は本件建物に引続き居住する他なかったのであるから、原告は同建物を他に賃貸することはできなかったはずである。

四  原告が本件土地等につき一〇分の三の持分を有したとしても、原告は、右土地のうち本件土地以外の土地八〇坪を昭和二七年九月二五日頃黒川愛子に代金六四万円で売却し、同代金を受領しているので、本件土地に対する権利を失ったはずである。したがって、被告は、原告が本件土地について一〇分の三の持分を有する旨の判決がでることは予想もしなかったのである。

第三証拠≪省略≫

理由

一  原告が本件土地上に本件建物を建築所有していること、請求原因第二および第三項記載のとおり、被告が、本件土地は自己の所有であると主張し、原告に対し本件建物の占有移転禁止の仮処分命令を得てこれを執行し、建物収去土地明渡請求訴訟を提起したが、結局敗訴するに至ったことは、当事者間に争いがない。

右によると、被告は、原告に対し仮処分命令を執行し、本案訴訟で敗訴したわけであるが、当裁判所は、このような場合でも、損害賠償義務を負担するのはなお故意過失が存したときに限ると解するのが相当と考える。ただ、敗訴した結果実体上何らの権利がないのに仮処分を執行したことになるのであるから、特段の事情のない限り、故意過失(少なくとも過失)の存在が事実上推定されるものと考えるべきである。

そこで、本件について、このような特段の事情が存したか否かを考えてみるに、結論から示せば、本件においてはこれが存在し、被告に故意過失を認めることができないのである。

以下この点について詳述する。

二  ≪証拠省略≫によれば、本件仮処分の本案訴訟(以下前訴という。)における争点は、本件土地等を玉窓寺から買受けたのは誰か、という点につきるわけであるが、この点につき前訴においても決定的な証拠はなく、そのため第一審と控訴審において結論を異にするに至ったものと考えられる。≪証拠省略≫によると、前訴の控訴審では、本件土地等はその代金のうち三万円を原告が、七万円を原被告の母である原口志げをがそれぞれ支払ったものと認定しているが、これに対しては次のような疑問を提起することができるのである。第一に、当事者間に争いのないところの本件土地等の移転登記が被告に対してなされた事実をどのように考えるべきか。この事実は、被告が主張するように代金全額を被告が出捐したことの有力な徴表事実と考えることもできる。しかも、この点に関する原告および志げをの前訴における供述は、一貫しておらず、矛盾するところも多い(≪証拠判断省略≫)。第二に、弁論の全趣旨により、現在米国政府国際開発庁保安局調査部長であり、先に極東米国軍司令部憲兵隊本部犯罪調査部(O・I・D)の特別官であったポール・F・ウイルツイの一九六四年六月二九日付マーシャル・H・グルー公証人の面前における宣誓供述書として≪証拠省略≫によれば、原告は、本件土地等を購入したという昭和二三年頃、O・I・Dに原告奎またはケイ・プリングスハイムとして知られ、国籍詐称の嫌疑で取調を受け、「私の知識に基づき、ケイの性格を特徴づけるとすれば、彼女は小才と詐欺的陳述によって生活している詐欺的無節操、不誠実、不道徳な日本女性であるというべきであろう。私個人は彼女が何もしようと、また何を言おうと、絶対に信用しない」(右ウイルツイの言葉)というような厳しい評価を受けていた事実を認めることができる。これは犯罪捜査の場において形成された捜査官の心証であるから、そのまま採用することはできず、相当割引して聴くべきであるこというまでもないが、それにしても、このような事実があることは、原告の前訴における供述の信憑力に少なからぬ影響を与えることは否定できず、したがって、逆に被告の前訴における代金は被告が原告および志げをに託して支払った旨の供述の信憑性が相対的に強まることになるといえよう(≪証拠判断省略≫)。第三に、≪証拠省略≫によれば、原告は前訴を提起されて後に右三万円の受領証にわざわざ日付および名宛人の記載を挿入する措置を講じたことが認められ、前訴における原告の立証活動には作為的な態度がなかったとはいえない。その他、本件全証拠を細かく検討してみると、前訴の第一審判決にも相当に首肯しうる判断が示されており、控訴審判決における前記認定に対し疑問をさしはさむ余地がないではない。そして、さらに本件土地の所有権の帰属については、前訴における控訴審の判断が確定したことにより、原告が一〇分の三の持分を有することになり、これに対して疑問を提起することは許されないにしても、判断の過程については疑問をぬぐいきれないのである。要するに、前訴は、姉と妹という近親の間の紛争であったがために、証拠関係も極めてあいまいで決定的なものがなく、いずれの結論を出すにしても疑問が残る程に困難な事件であったといってよいのである。第一審と控訴審とで判断が違ったことは、これを如実に物語るものといえよう。

また、前訴における控訴審の判断過程を動かし得ないものとしても、≪証拠省略≫によれば、同審の判決では、本件土地等は原被告が互いに協力し共同して玉窓寺から買受けたものとし、代金のうち三万円は原告が、残りの七万円は志げをが被告に新居を造らせるために支弁したものとして、原告に本件土地の一〇分の三の持分があると認定しているのであって、被告の所有権を否定したものとは必ずしも言い難い。そして、同判決は、原告が本件土地等のうち本件土地を除く半分近くの土地を売却し、その代金の大半を取得したものと認めている(≪証拠省略≫)のであるから、計算上は原告は自己の持分に見合う以上の金員を取得したこととなり、被告が、原告には本件土地に対する権利はもはやなく、本件土地は被告の所有であると考えたとしても、あながち理由がないわけでもないことにもなろう。

以上説示したところを総合すれば、本件土地の所有権の帰属は、前訴の最終的判断が確定するまでは極めてあいまいであったのであり、その前提となる本件土地等の代金の出捐者が誰かの点については、なお疑問が残るといえるのであって、仮に被告が自らは出捐していなかったとしても、本件土地をもって自己所有と考えたことに一応の理由がなかったとはいえないことになる。したがって、被告が、前訴を提起するにあたり、原告に対し本件仮処分命令を執行したことについても、無理からぬ面があるということができる。すなわち、本件においては、被告は仮処分の本案訴訟において敗訴したが、そのことから被告に仮処分につき故意過失があったと推認することはできない事情があり、他にこれを認めるに足りる証拠はないのである。

三  以上によれば、その余の点を判断するまでもなく原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 倉田卓次 裁判官 奥平守男 相良朋紀)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例